ネット乞食
少し前から、ネット乞食という言葉が話題になっていますね。
ネット乞食とは、インターネットを使って人からお金をもらう行為です。
具体的には、インターネットを利用して、ファンになってもらった人からお金をもらって生活資金に充てたり、ほしいものを購入する資金にしたりする行為やそういう人のことを指して「ネット乞食」という言葉が生まれたみたいです。
どういうわけか、乞食と単にいうと卑しい感じがするけれど、ネット乞食みたいに「ネット」とくっつけるだけで目新しさがあるのはなんかずるいと思います。
でも、本質はお金を他人から恵んでもらうというその点にある時点で同じわけなんですね。
そんなネット乞食って、法律的に問題になる可能性がないのか調べてみました。
実は、ネット乞食も犯罪行為!?
結論から言うと
じつは、
「ネット乞食も解釈しだいで犯罪になる」
のです。
これって、ご存知でした?そもそも、乞食って犯罪行為だって知ってました?
乞食行為が犯罪認定されているのは、労働生産性上の文脈でニートが問題視される理由と同じです。その理由とは、もしも、乞食が働かないことを正当化しうると、社会が成り立たなくなる、と考えたからです。
つまり、法律を考えた人たちがそう思ったから。
もしもみんなが乞食になったらと極端に考えてみましょう。
誰もご飯の材料になる食料の生産をしなくなるので、自給自足ができる人以外は餓死したり、経済のシステムがめちゃくちゃになってしまいますね。
この様にもし乞食という行為を肯定してしまうと、労働をしないで生活する行為を法律的に認めてしまうことになる。それは社会が働かないで生活することを認めることにつながり、社会を成立させるのに必要と考えられてきた「勤労の義務」と言う憲法上の義務に反するから、という論法。
憲法27条1項「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負う。」
これを根拠としていると言うことです。
そして、これが乞食批判をうむことになって、犯罪認定されていると言うことですね。
ということで、「ネット乞食」も乞食の一種と考えると、犯罪行為の一種ということになりますね。
最近の現実を見てみる
「犯罪だなんて大袈裟な。まさか、ネット乞食で逮捕されることはないんだろう」
と思いますよね。
でも逮捕されている人がいるんです、実際に。
実は、ネット乞食が検挙された実例があります。
例えば、インターネットの動画配信サービスを使って「お年玉ください」と視聴者に投げかけた当時香川県在住の23歳男性が警察に検挙・書類送検されると言う事件が起こっている様です。
ネット社会の発展に伴って、ネット乞食の実態が黙認される様になっているのが現状
でもこれって、現状にあってませんよね。
例えば「投げ銭」と呼ばれるような仕組みが、個人が生放送を自分で開けるようなサイトに導入されています。これは、最近LINEなどの動画生放送で投げ銭をするシステム等のことを指しています。
でも現状は、法律上の規制は受けている様子はない。
ここは何でなんだろう。調べてみる価値がありそうな気がしませんか。
ネットでお金をもらうと言う、部分に関しては上記男性と変わりありませんよね
何が違うんでしょう。
「乞食かそうでないか」を分けるのは、おそらく対価を示せるかどうかがカギ
一応動画配信をしている人たちがお金を受け取ることを正当化できているのは、「芸能人が生放送に出演して、出演料をもらう」と同じ行為とみなしているからでしょう。
つまり、動画を配信し、視聴者はその対価としてお金を払うと言うことです。
つまり、自分自身の存在に価値があると示せれば、それはアイドル的な活動として乞食とは違った解釈になるという。
本質的には、両者の間に経済的な違いはないんだけども、片方は賞賛され、片方はさげすまれるのは、そこに人間の感情のフィルターがあるからですよね。
人間が何かにお金を払うことを決めることっていうのはそれくらいファジーなものなんですよ。本質的に。
シンプルに「お金ください」はNGワードかも
その境界はおそらく「お金ください」に類するワードを直接使うかどうかと言うことになるのではないでしょうか。結構曖昧ですね。気をつけてないと、よくを出してうっかりと言ってしまいそうです。
もっとも何らかの対価を提供することができていれば人からお金を受け取ることが適法になると言うことなので、皆さんに何らかの対抗提供しその代わりとしてお金を受け取る新しいタイプの子と乞食になっていければいいんじゃないかなと言うふうに思う。
お金をもらったら、こんなサービスを提供しますよ、を形の上だけでも示しておくことが必要と思われます。
ネット乞食の敷居の低さは問題
ネット乞食は問題のある仕組みだと思います。
それは、非常に手軽にお金が集められる手段である一方で、安定した収益が生涯を通して得られるわけではないので、生活が安定しないことです。
そのために、最初から手軽に資金を得るための手段として、若い人が手を出すと他の仕事をするのがバカらしくなってしまうと言う、まさに軽犯罪法の主旨に合致する事態が発生してしまうわけです。
これって、人生の幅を狭めてしまうことになるので良くないんじゃないかなあと思うわけです。
人生は豊かな方がいいじゃないですか。だから、安直なネット乞食を肯定するのはやはり問題だと思います。この先にいろいろな可能性が待っている人、特に、若い人にとってはね。
資金を集める方法が多様化している中にあっては、ネット乞食という行為を行うハードルは非常に下がっているように思います。
生活が苦しいとか、どうしてもほしいものがあるとか、そういう人たちが気軽に参入できるような仕組みや環境が整ってきていることも事実なんですよね。
でも、それって問題ないんでしょうか?
個人的には大問題だと思います。
まとめ
何も無いところから価値を生み出せると、乞食行為と本質的に変わりなくても合理化される。そこには人間の価値判断の精神的な働きが影響している。何も原資が無くてもお金は稼げる。