結局、認知の能力が全て

結局、認知の能力が全て

自分メモ。タイトル通り。成功するために必要なものは、一定水準以上の認知機能である。努力は付随的なものである。

この記事

サンデル教授が語る「大卒による無意識の差別」 | リーダーシップ・教養・資格・スキル | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準 (toyokeizai.net)

の情報から、ストレートに投資に生かせる部分だけを抽出するために、人間と認知機能の話をちょっとだけ掘り下げ、ちょっとだけ。

成功と努力は当然関係ある

前提として、成功した人は努力している、という価値観について、覆すことは誰にもできない。

努力とは、一定の方向性を持った、行動の積み重ねとそのマネジメントである。

そして、成功とは、社会が認めるほどの成果である。

この定義のもと、努力なき成功はほとんど奇跡である。

実際人間の歴史をたどれば、努力を放棄して成功できるほど、圧倒的才能を備えた人間はそれこそ、一つの国の中に、あるいは一時代に一人いるかいないかという才能だからである、がその根拠になる。

多くの人の成功には努力が必須である。

失敗と努力は関係ない

他方、努力したとしても失敗はする。

まして、努力の方向がまちがっていれば、あるいは努力の量が不足していれば、本人は努力したつもりでも、結果には繋がらないし、それを失敗と呼ぶこともある。

努力してもしなくても失敗はする。

失敗したらか、努力をしていないわけではない。

努力しても失敗はする。それだけのことである。

簡単な包含関係である。論理的思考の初歩である。

だが、たったそれだけのことが理解できないと次のような問題が発生する。

能力とは?

上記、記事中では、

「真面目に働いているのに」という意識があるという。

では。

最終的に成功するタイプのスタートアップの起業家が失敗して、同じことを思うか、という問を考えてみたい。

おそらく、真面目に働いたのに成功しなかった、とは思わない。論理的に考えて、失敗点を整理し、次の試みに生かす、すぐに行動を開始する。

おそらく、これが、もっとも差を生み出す能力の本質だ。

そして、それは、そう、認知機能だ。

そして、その結果として生み出される差が成功確率に最も大きく寄与する。

誤った政治的前提によるバグ

「人間には生まれながらの、認知機能の優劣はない」

という、政治的前提がある。記事中でも明言していないが、前提が違うという表現で触れている。現状資本主義は、ここを人質にとれているので、自由で平等な競争という概念が成立する。

その価値観の受け手には、全ての人間に短期的メリットがある。ありとあらゆる人間の自尊心に関わる問題を解決する方法として「人間の生まれながらの認知機能には優劣はない」は可視化して確認されることはめったにない。

ただし、この前提が間違っているとすれば、それは、真面目な人ほど自由主義経済でプレイヤーをやれば自分自身で確かめることになる。そして、何らかの結果を自分の経験や体験として受け取った時にそれらを咀嚼して、切り取って論理的に理解し、「自分の経験」とするためには、やはり一定水準以上の認知機能を正しく運用できることが必要である。

もし、水準を下回っていると?

「人間には生まれながらの、認知機能の優劣はない」はずなのに、どうして、となる。

そして、そうなると自分は環境に恵まれていないことによって失敗したのだという理解の構造が与えられる。単純明快で分かり良いが、そういう他人から与えられた理解の構造に巻き取られてしまう人物には、成功の可能性はないという単純な事実がそこでまた覆い隠されてしまうという地獄が発生する。

まさに地獄。

「人間には生まれながらの、認知機能の優劣はない」

という理想による功罪であり、事実を見抜ける一定水準以上のプレイヤーが安定して利益を取れる矛盾を生じさせている背景となっている。

自分と被差別者意識との戦い

結論をもう言ってしまうと、現代社会において一番大切なことはだれからなんと評価されようと、自分で自分の味方ができる能力ということになる。さてどういうことか。

「自分は差別されている」と感じる、被差別者意識に巻き取られるか、孤軍奮闘できるかにおいては、理性の力が大きい。理性とは、自己の客観視と、自分に都合の良い情報の取捨選択、つまり、けっきょく認知機能。

加えて。

一般に被差別意識の源となる差別意識には2種類ある。他者から向けられるものもあるが、もっとも致命的なのは、自分で自分に向ける差別意識である。

後者は、いわば自分で自分を攻撃する状況である。そしてそこには、自分の過去の経験や体験、あるいは現状実情そうであるという根拠がある。

ただしいつでも辞められる。その気になれば。

そこには、その価値観を採用するか、しないかを決めるのは自分自身であるという価値観が抜け落ちている。詭弁であろうと、自分自身の味方をすることは、いつどこだって、どこからだってできるのである。これまでの自分の価値観への執着をやめれば。再学習、学び直し。状況の再認知。発送の転換。実は、自分自身を守ろうとしている無意識と密接に関係していることに気づけるかどうか。

もし、一定の認知機能があれば。

つまり、その被差別意識を作り出していることに自分自身が加担していると気づくことができる。

なければ、戦えない。

この構造は、「人間には生まれながらの、認知機能の優劣はない」の前に覆い隠される。そして自分自身を傷つきからまもることで、一生傷つき続けるのでありそのことに気がつくことができないで居続けるのであるな。

その人の自由を侵害する構造も重なるので、問題に気づいていても他者は、その人が自分で「助けて」というまで手出しはできない。しかし、本人は、「人間には生まれながらの、認知機能の優劣はない」の意識によって、原因は環境であるという意識になる。よって解決できない。

なにもなければ、死ぬまでそのまま。

労働者の誇りの作り方

労働者の誇りといわれるものの本質が図らずもあらわになった。

それが、成功の本質にもかかわる。

要するに、与えられた価値観がなくとも、自分で自分の味方ができるような新たな思考の枠組みを自分で用意できるクリエイティビティこそが、成功の本質である。

『いまこの瞬間、自分は成功している。

この価値観を有し、理解し、成功する可能性が高い人と、つながることができる可能性を有している。

これが成功でなくてなんであろうか。』

と、たとえば、誰から言われずとも自分で勝手に妄想にすら近い情報を頭の中にて組み立てられる、そしてそれを周囲に影響するほど強く思える、こういう認知機能が、何者にも犯されないやり甲斐の作り方であり、成功の本質である。

この手の認知ができないと、いつまでも金銭の多寡に振り回されることになる。

能力と努力は関係するか

「人間には生まれながらの、認知機能の優劣はない」とするなら、努力は関係する。

「人間には生まれながらの、認知機能の優劣はない」を肯定しないなら、努力は関係ない。

簡単な論理構造である。

おのおのが勝手に、自分の都合の良いように考えればいい。その自由がある。

ただし、現実は現実として厳然とある。そして問題は起こり続け、解決は困難である。

一個人としては、まあ努力もあるし、運もあるかなと思う。先天的に、あるいは後天的にそれが難しい人たちはたくさん見てきた。難しい人たちが、自分を差別せずあるがままを受け入れることでしか、本質的には解決しない、それが記事で述べられている内容であると理解する。

あらためて能力とは

経済水準や金銭的多寡に関わらず、いかなる環境下においても自尊感情を構築できる以上の水準の認知機能

インターネット全盛で、単純な知識が山のように転がっているこの時代には、能力の概念のアップデートが必要不可欠ね。

投資先企業の判定への活用

この意味においての「能力」

問題が解決されている社員が多い企業は、投資先としていい企業である。

もちろん、トップである経営者層についても同じことが言える。

誰かに軽んじられていると感じようとも、それに影響されて自分で自分を差別して冷静な判断を失う経営者の会社に投資してはいけない。

自分で自分を規定する力のある人間の割合が高い組織は成功する可能性が高い。というか、困難な状況においても自分の認知機能を自分で操作して、積極的に状況を規定する力が結局成功に至れるかどうかの本質的能力であり、その他は瑣末な問題である。

古くて新しい表現を導入するなら、ビジョンが描けるかどうか。

そういう社員を積極登用しているか。本質的自信やそれを担保するだけの認知機能がある社員の割合がどれほど高いか、という点が、投資という視点で優良企業を見極める大きなポイントになるでありましょな。

認知能力が一定水準より不足した状態での努力はギャンブル

いち労働者の立場として最も致命的と感じるのは、経営者の視点がもてない労働者に成功の可能性が途絶えていることである。単純年功序列制度は経年劣化と紙一重。

もちろん個人的には、人生はギャンブルという、理念が強く、その枠組みにおいては、敗戦処理と損切りさえ怠らなければ、ギャンブル上等と思う。そう、それこそが、自己肯定力。なのだ。

これが、人生を幸せにいきるための秘訣にして奥義。誰かはあなたを助けることはできない、できるのは、あなたが自分で助かろうとすることの手助けだ。

ただし、ところで、投資家としてはそのような企業に対して投資することはない。投資を受けたいのなら、自分以外の力を多いに借りて、必要な機能や能力の底上げを図ることが必須となる。そことの間を行ったり来たりできるようになるのが多分おそらく次へのステップ。

そんな感じ。

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